本来ならば今回は、自分の過去ネタ元に「懺悔の値打ちもありゃしない」という原稿をでっち上げる予定だったはずなのだが…。いざ書こうとしたら、なんだかすごく絶望的に面白くない文章が出来上がりそうな悪寒がした。あまりの悪寒に寝込みそうになった時、編集のF氏がさっそうと助け舟を出してくれた。
青木光恵さんが「スマホで光恵ちゃん」という電子書籍を発行したんで、これに絡めて次回原稿いかがですか…。
一瞬泥舟かとも思ったが(失礼な奴だな)、折角のなのでしがみつかせて頂くことにした。だからといって今回この件をまるまる書くつもりはないです。この手の堅い話を2ページも書く血も汗も気力も根性も最近は持ち合わせがないので、ちゃっちゃと結論書いて、残りは店主お気にいりの電子書籍の紹介でもするつもりです(笑)。
「スマホで光恵ちゃん」の内容に関しては、ちょっとググって頂ければよく分かるはずなのでくどくど説明はしません。ようは青木光恵さんの50ページ前後のマンガを月3回電子書籍形式で配信しますよということだ。配信場所はキンドルとパブーの2箇所。創刊号は280円(発行後1週間迄120円の特別定価)。
編集F氏に意見を求められたので、さっそく創刊号を買って読んでみた。
わりかし面白い。特に巻頭の描き下ろしエッセイ4コマ「みつえかぷせる」が気に入った(まあこれがメインコンテンツなんですけどね)。店主は青木光恵のファンではないけれど、それでも数冊は著作を買っている。その商業のマンガより数倍はこの描き下ろしエッセイ4コマの方が面白いと思った。
いやいやまずいまずい、脱線しかかった(汗)。このまま青木光恵論に突入するのが今回の話ではない。
F氏から意見を求められて色々返答はしたが、一番の論点は実は価格だった。約50ページのマンガ誌でスマホでお気軽に読んで貰おうという物に対する適正価格はどこらへんにあるのだろう。全く個人的な感想ではあるが、正価の280円は高いと思うけど1週間限定の特別価格120円はお手頃価格だと思った。
これの根拠を示せと言われても困るのだが、店では溢れんばかり(いや実際階段まで溢れてるな)のマンガに囲まれ、月に最低6冊はマンガ雑誌を購入し、年4回のコミティアでは同人誌を買い漁り、電子書籍(マンガ限定)は毎日2本は欠かさず読み、挙句の果てには古書店主という立場もわきまえずブックオフで暇つぶし用のコミックスまで購入するという、実にマンガの神様(手塚治虫じゃないよ)に呪われたんじゃないだろうか思える我が身の感覚からです、と答えるしかない。
物の価格というのは、アルフレッド・マーシャル(昔のイギリスの経済学者)を引きずり出して羽交い締めするまでもなく(故人になんてことするんだー!)需要と供給のバランスによって決まるのが資本主義のお約束である。ところがマンガを含む書籍全般に関してはこの経済基本原理が通用しない。この原理が通用しているのは唯一古書業界だけで、新刊本の業界ではまったく通用していない。
なぜこの経済原則が通用しないかといえば、再販売価格維持制度というものがあるからです。この業界に多少でも絡んでいる人にはとっては周知のことですが、知らない人のためにかなり簡単に解説します。
再販売価格維持制度というのは、ようはメーカー(出版社)が小売店(書店)に対して価格統制していいよという制度です。普通の物品は独占禁止法によって禁じられているこの制度も一部の物品(書籍やタバコ)に関しては許されているのが現在の状況です。
そんなわけで定価500円のコミックスは日本全国津々浦々のどの書店に行っても500円でしか購入できません。全然売れなくて本屋側が値引き販売したいと思っても、一千万部も売れて大儲けしてるんだから安くしろよと読者が思ってもやっぱり500円なんです。
ここで大事な注意点ですが、電子書籍の場合は再販売価格維持制度の対象外です。つまり販売者が自由に価格を決定して構いません。ただしここで言う電子書籍の販売者とは、キンドルやパブーなどの電子書籍ポータルサイトではなく、電子書籍をポータルサイトに供給している出版社だったり著作者だったりを指します。
まあぶっちゃけ電子書籍に関しては、基本値付けは販売者側に一任されております。では現状の電子書籍の値付けはどうなっちゃっているか。
まず大手出版社系ですが、現状の紙の書籍の普及に影響させるわけにはいかないので、紙の書籍と殆ど変わらない値段設定です。一例を上げると現在コミックス売上ナンバー1の「ONE
PIECE」第1巻は、紙版が410円(税込)ですが、電子書籍版は368円(税込)です。流通経費も倉庫代も印刷代も掛からないのに1割程度しか安くありません。まあ余計な話は置いといてページ単価は約2円です。
今度は非大手(つまり著作者自らの発行)の電子書籍はどうでしょう。私が一番使っているパブーでの購入品(つまり無料は除く)で価格例をあげます。一番ページ単価の安かった作品で400ページ400円。ページ単価で1円です。一番ページ単価が高かった作品で28ページ300円。ページ単価で約10円です。
「ONE PIECE」のページ単価が約2円と考えると大手出版系が必ずしも高いというわけでもありません。
マンガというものは趣味嗜好のものですから、もちろんページ単価などという乱暴なもので値段を決める事はできません。例えばAというマンガ家の作品は千円出しても読みたいけれど、Bというマンガ家の作品はタダでも読まないというぐらいの極端な価値観の産物です。しかし個々には偏った趣味嗜好でもそれが大規模集団になればそれなりに価格は落ち着きどころが出てきます。それを厳密に予測はできませんが、個人的にはページ単価0.5〜2円程度だと思います。これにも具体的根拠はありませんが、将来的には間違いなく今よりは低い価格に落ち着くはずです。
なぜかといえば電子書籍には再販売価格維持制度が存在しませんから。需要より供給が過剰な状況を考えれば確実にそうなるはずです。ここで電子書籍のような複製コストがほぼ0円のような物品の供給(つまり無限に供給可能)というのはどうなるのという疑問がありますが、このような電子書籍の供給量というのは全作品の総販売数ではなく、作品数が供給量と考えるべきだと思われます。
近年マンガ雑誌が売れない、コミックスも売れない、そしてマンガ家が食えないという意見が声高に叫ばれております。作品自体が面白くなくなったとか出版社の方針が間違っているとか、いろいろ敵探しも行われております。しかしながら店主としては問題の根本は単純にコンテンツの供給過剰だと思っています。この場合のコンテンツというのはマンガだけではなく時間消費が可能な娯楽物全般(映像やゲーム等々)を指してますが、しかしそれも含めると話がややこしくなるので今回はマンガ限定にしておきます。
さて単純にマンガだけを考えても1965年に27誌しか無かったマンガ雑誌が2005年には324誌に増えました(データは「出版月報」2009年11月号より)。40年で実に12倍にもなった計算です。つまり供給は単純計算で12倍。それに対して需要はといえば、日本の人口は1.27倍にしかなっていない。昔と違ってマンガを読む世代が子供だけではなく、いい年した大人が年がら年中読む(俺のことだ)ようになったこと考慮しても供給過剰は明らかだと思う。
しかも供給は一般のマンガ誌だけではなく、同人誌もある。さらにはインターネットが普及した21世紀以降はネット上にもマンガがゴロゴロと転がっている。今やネット上には、息をするようにマンガを描く連中がひしめいているのだ。
さらにさらに恐ろしいことにマンガ作品というのはほとんど消耗しないのだ。40年前の「あしたのジョー」や「ポーの一族」は今読んでも面白いし、もちろん今でもちゃんと流通している。早い話が毎年毎年山のように出る漫画作品に加え、この50年近い過去の作品も膨大な量の在庫として残ってしっかり供給量の嵩上げに貢献している。そして紙の書籍なら絶版もありうるが、電子書籍ではほぼ絶版はありえない。つまり需要は増える見込みが無いのに、この先供給過剰はどんどん続くわけです。これで価格の下落が起きないわけがない。
食えないマンガ家が増えるのも当たり前。才能のあるなし以前に、限られたパイ(読者)に群がるもの(著作者)が増えれば、仕事も収入もそりゃ減るでしょう。それが経済原則というものです。
では職業マンガ家に道はないのか。あんまりなさそうに思えるけど一応ないこともないです。手っ取り早くは、需要をもっと増やせばいいのです。簡単に需要を増やすといったけど、いきなり人口が倍になるわけじゃなし、1日の時間が48時間になってマンガ読む時間が倍増できるわけでもない。ではどうすればいいか。読者を日本に限定するのではなく、世界中の人にマンガを読んでもらえばいいのです。要はグローバル化ですね。日本語のネームを英語にするだけでも読者は4,5倍には増えます。既に大手出版社は取り組んでおりますが、著作者本人の同人的発行であっても努力と根性で達成できる作業です。流通はキンドルで簡単に行えますし、翻訳に関しては英語が苦手なら翻訳家に任せても良い。単純翻訳で面白さが伝えられるかという問題はまた別問題でしょう。
ちゃっちゃと結論書いて…といっておきながらずいぶん行数使っちゃったなぁ(泣)。では結論。
サブタイトルの「電子書籍の敵はどこにいる」に対する回答は、基本的には敵はどこにも居ない。居るとすれば自分自身(電子書籍)の価格。
価格のどこに問題があるかといえば、供給過剰を考慮すれば現在は高すぎる。
安くなったら職業マンガ家は食えないよ、という問題に対しては頑張ってグローバル化しなさい。
以上で本項おわり!(なんて乱暴な結論だ)
残り少なくなっちゃったけど、個人的な趣味の電子書籍(マンガ)を紹介します。前節のネタが価格問題だったので今回は有料のものだけ紹介します。さらに一応プロ限定で、配信先は全てブクログのパブーです。
・須賀原洋行「新釈うああ哲学事典」完全版 398ページ 400円
「気分は形而上」で有名な須賀原洋行の作品。一応上下巻で単行本出てましたが、こちらは単行本未収録も含めた完全版。作者得意の哲学ネタをマンガで分かりやすく解説(でもやっぱ難しい)。
・高口里純「悩みごと、あったらね?」 85ページ 200円
しんぶん赤旗日曜版に連載されていた作品。「叫んでやるぜ!」の番外編
・内田春菊「内田春菊のレシピまんが」 26ページ 180円
タイトルそのまんまの料理レシピマンガ。載っているレシピは”ちいさなメロンパン”、”ごぼうのかりんとう”、”肉じゃが”+小ネタ。
・伊藤静「49days」 50ページ 50円
モーニングで「福助」とか「なんじゃもんじゃ」とかの連載していた伊藤静のデビュー作。要は「49日」なわけです(おっとネタばらしか)。
・木葉巧一「セツ」63ページ 99円
この人は「キリコ」の時代から好きでした。「セツ」は先ほど廃刊しちゃった『漫画サンデー』で連載していた作品。70ページ程度の単位で切り売りしているんですが、お願いだから順番通りに刊行してね(泣)
・押川雲太郎「不死身のフジナミ」 224ページ 400円
麻雀とかのギャンブルネタ作品が多い作者ですが、これはギャグ系バイオレンスもの。主人公の藤波は鎖鎌からミサイルまで売る武器商人。警察権力なほとんど介入できない物騒な街であの手この手で武器を売りまくる話。
今回6作品ほど上げてみましたが、どないでしょう。値段的には微妙な線かな。「不死身のフジナミ」辺りはブックオフに行けば105円で売っていそうだし。だいたい一度単行本化されて、減価償却(?)は済んでいるのだからもっと安くしてもいいはずでは。
でもそれを分っていながらやっぱり電子書籍版を購入しちゃうのは、店主にマンガの神様の呪いがかけられているからかもしれない。
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