東京地方はまだ梅雨入りしておりませんが、明日あたりから天気は崩れそうです。そろそろ遅い梅雨入りのようです。
今週の新着目録です。別冊マーガレット1967年〜69年の3年分です。今週はこれだけしか打ち込めませんでした。量はちょっと少ないですが、内容的には濃い時代です。
まずはこの時期にデビューを飾った方々から。筆頭は忠津陽子。
左は1967年9月号掲載、忠津陽子「夏の日のコーラ」デビュー作です。右の画像はこの作品が金賞受賞した際のまんがスクール(1967年7月号)の記事です。受賞時のタイトルは「コーラ」となってます。
忠津陽子のこの時期の作品は、妙に単行本未収録が多いです。
左上、1968年2月号掲載「パパとママは世界一」。右上、1968年8月号掲載「マギーのバトンガール」。左下、1969年2月号掲載「ガラスの太陽」。右下、1969年7月号掲載「海の歌」。他にも数作品単行本未収録があります。
次は身内すずえ。
1967年10月号掲載、美内すずえ「山の月と子だぬきと」デビュー作。右の画像は1967年9月号の少女まんがスクールの記事。
こちらは1969年4月号掲載、河あきら「サチコの小犬」デビュー作。右は1969年3月号のまんがスクールの記事。元々のタイトルは「小さな恋の…」だったようです。
最後は、こやのかずこ。1968年9月号掲載、古谷野和子(こやのかずこ)「ちびっこ天使」。右は1968年3月号の金賞受賞作「小さな愛の物語」です。通常は金賞受賞作がそのまま掲載されることが多いのですが、この作品はどうやらタイトルだけではなく中身も別物のようです。
他デビュー作は、
左が1969年3月号掲載、木原としえ「こっちを向いてママ!」。右は1969年8月号掲載、田中雅子「20ドルのしあわせ」。
最後に気になるデビュー作。1967年12月号掲載、石津はつえ「今日は王女さま」。しらべても全然判らないですし、現在のところなにも確証がないのですが、店主はこの”石津はつえ”が”ところはつえ”ではないかと考えております。皆様如何お考えでしょうか?
2017年11月7日追記:石津はつえ=ところはつえ説ですが、間違いだということが判明しました(^^ゞ。ところはつえのデビュー作は週刊マーガレット1971年28号「にゃんころりん」と判明しました。
ガセネタ流布して申し訳ありませんm(_ _)m
別マ少女まんがスクールの紹介ついでに、デビューこそ別冊マーガレットではなかったが、後に別な雑誌でデビューを果たしたまんが家をちょっと紹介。
左は1968年5月号少女まんがスクール金賞受賞作、萩尾望東「ミニレディに恋をしたら」。右は1968年7月号少女まんがスクール銀賞受賞作、萩尾望東「青空と王子さま」。萩尾望東は、萩尾望都の投稿時代にPNです。
「ミニレディに恋をしたら」という作品には、キーロックスという名前のバンドとエマという名前の女の子が出てきます。
この投稿作は、週刊少女コミック1972年12号に掲載した「ごめんあそばせ!」に於いてリメイクされたようです。ちなみに”キーロックス”というバンドは、萩尾望都が大牟田にいた頃所属した同人グループを主催していた福山庸司が所属してていたバンドの名前だそうです。ついでに同人グループの肉筆回覧誌の名称も"キーロック”でした。
ちょっと余談ですが、萩尾望都が金賞受賞したときのまんがスクールの選外欄にはこんな名前も見受けられました。
内田善美と佐伯佳代乃(佐伯かよの)。
更に1968年3月号の少女まんがスクール佳作欄には山岸涼子(山岸凉子)の名前も見つかります。結局萩尾望都は、「なかよし」で、佐伯かよのと内田善美と山岸凉子は、「りぼん」でデビューしました。りぼんのまんがスクールも面白いですが、別冊マーガレットのまんがスクールもなかなか面白いです。
最後はちょっと異色な方を紹介。
1968年8月号に掲載された絵物語「鬼火の館」。挿絵は南村喬之という方で、特撮や怪獣関係のコレクターには有名な挿絵家です。この方にはもう一つペンネームがありまして桐丘裕詩といいます。風俗関係の挿絵の大家でした。
来週は別冊マーガレット1964年の創刊2号目から1966年まで一挙アップします。お楽しみにどうぞ〜。